区切り4−1|2024年7月19日
有給消化を、お遍路に使ってみる
お遍路を始めたきっかけの一つは、転職でした。
転職前に、約14日間の有給消化がありました。
せっかくのまとまった休みを、有効に使いたい。
そこで考えたのが、以前から気になっていたお遍路でした。
ただ、いきなり何日も続けて歩けるかどうかは分かりません。
そのため、まだ前の職場で働いていた時期に、小さな区切りで何度か試していました。
エピソード5までは、在職中に休日を使って巡った区切り打ちです。
何度か歩いてみて、
「これなら、できそう」
そう思えたところで有給消化に入り、今回は愛媛県に6泊して、7日間続けて巡ることにしました。
有給消化のすべてを、お遍路に使ったわけではありません。
次に働く職場へ行く用事もあり、実際にお遍路へ出かけたのは、この7日間だけです。
高知県を後回しにして、愛媛県へ
四国八十八ヶ所霊場は、通常であれば、
徳島県、高知県、愛媛県、香川県
の順に巡ります。
徳島県を終えた私が、次に向かうのは高知県のはずでした。
しかし、高知県を徒歩と公共交通機関で巡るのは、簡単ではありません。
札所と札所の間が長く、数日かけても寺には着かず、移動だけになる区間もあります。
車だけで巡るのではなく、できる限り歩きたい。
けれど、歩くことだけに固執すると、旅を続けること自体が難しくなります。
そこで高知県は、これまでの難所と同じように、いったん後回しにすることにしました。
順番どおりでなくてもいい。
今の自分にできるところから巡ろう。
そうして、今回の目的地を愛媛県に決めました。
1日目|2024年7月19日
今回の宿は、松山一番町の東横インです。
ここに6泊しながら、愛媛県の札所を巡ります。
初日は早朝に家を出て、車で今治駅へ向かいました。
愛媛県までの移動時間と、駐車場を確保する時間を考え、ガイドブックに載っていた駅から駅へ歩く半日コースを選びました。
🗺️今回のルート
この日の予定は、
今治駅
↓
電車で大西駅へ
↓
54番札所・延命寺
↓
55番札所・南光坊
↓
今治城
↓
今治駅
です。
歩き遍路では、歩く速さや参拝時間によって、54番札所から59番札所までを1日で巡ることもできます。
けれど、私が使っていたガイドブックは、ゆったりと巡るタイプ。
この区間を2日間に分け、初日は54番札所と55番札所を巡ったあと、今治城を観光するプランでした。
この日は愛媛県までの移動もあります。
そこで欲張らず、ガイドブックのプランをそのまま歩くことにしました。
旅の始まりは、駐車場探し
最初に車を停める予定だったのは、駅前にある今治駅東第1駐車場でした。
料金は、1日500円。
ところが、到着してみると満車でした。
駐車場に空きがあるかどうかは、行ってみなければ分かりません。
公共交通機関と徒歩を組み合わせる区切り打ちでは、車をどこに置くかに、いつも苦労します。
今回も、旅の始まりは駐車場探しになりました。
お風呂屋さんの駐車場へ

今治駅前の駐車場が満車だったため、
車を「しまなみ温泉 喜助の湯」に隣接する駐車場へ。
平日は1日300円でしたが、土日祝日は時間制となるため、
料金表示を確認して利用しました。
近くを探し、見つけたのが「喜助の湯」の駐車場でした。
駐車料金は、平日なら1日300円。
それ以外は、30分ごとに100円です。
駐車場の料金表を見ると、施設には宿泊もでき、宿泊者は駐車料金が無料になると書かれていました。
ここに連泊すればよかった。
私は「泊まるならビジネスホテル」としか考えていなかったのです。
調べていれば、別の選択肢もあったのですね。
なんとか駐車場所を確保し、今治駅から電車に乗って、大西駅へ移動しました。

今治駅から330円の切符を購入し、JR予讃線で大西駅へ。
札所を番号順に巡れなくなったため、徳島から愛媛へ大きく場所を変え、
54番札所・延命寺を目指しました。
元気を出すはずのドデカミン
暑い一日でした。
元気を出そうと「ドデカミンストロング」を買いましたが、すぐには飲まず、リュックの中へ入れて歩きました。
しばらくしてから開けると、中身が勢いよく噴き出しました。
ズボンはびしょ濡れ。
元気を出すはずが、旅の初日から、なんとも締まらないことになりました。
有給消化中にも、職場から電話
お遍路をしていても、まだ完全に前の職場から離れたわけではありません。
有給消化中に、職場から電話がかかってきました。
急いで上着を脱ごうとしましたが、汗で腕に張りつき、うまく滑りません。
慌てていて、上着の袖を破いてしまいました。
ズボンはドデカミンで濡れ、今度は上着の袖が破れる。
7日間のお遍路は、ずいぶん慌ただしい始まりです。
54番札所・延命寺から、55番札所・南光坊へ

大西駅から歩いて54番札所・延命寺へ参拝し、
さらに今治市街の55番札所・南光坊へ。
二つの札所を歩いてつないだ、
愛媛でのお遍路初日です。
大西駅から歩き、54番札所・延命寺へ向かいました。
(🌐公式ページ 54番札所・延命寺)
この頃は、今ほど写真をたくさん撮っていません。
延命寺の写真も、残っているのは1枚だけです。
参拝と納経を終えると、次は55番札所・南光坊へ向かいました。
(🌐公式ページ 55番札所・南光坊)
南光坊でも、残っている写真は1枚でした。
けれど、写真には残っていない出来事を、少しずつ思い出しました。
水分を取ってください
南光坊のベンチで休憩していると、庭を掃除していた高齢の男性から声をかけられました。
「熱中症にならないように、しっかり水分を取ってください」
その方は、かかりつけの医師から、水やお茶をしっかり飲むように何度も言われているそうです。
私は老婆心ながら、
「塩分も摂った方がよいかもしれませんね」
と伝えました。
すると、その方は、
「医師は、そんなことは言っていなかった」
と答えました。
医師が水とお茶のことだけを何度も伝えていたので、何か塩分を控える事情がある方なのかもしれない。
そう思いましたが、実際のことは分かりません。
それ以上は何も言わず、熱中症への忠告をありがたく受け取りました。
あれ? 音がしない
そろそろ出発しよう。
金剛杖を持って歩き始めようとしたとき、違和感がありました。
あれ?
音がしない。
金剛杖につけていた鈴が、なくなっていました。
出発したときには、確かにあったはずです。
暑いなかを必死に歩いていて、いつから鈴の音がしなくなったのか、まったく気づきませんでした。
どこで落としたのだろう。
金剛杖の鈴は、私にとって単なる飾りではありませんでした。
仏教的な意味があるだけでなく、歩くたびに鳴る音が、お遍路を歩いている感覚と足取りのリズムをつくってくれていました。
以前どこかで、民家の近くやお寺の中などでは、鈴の音に配慮するという話を聞きました。
誰かから注意されたことはありません。
それでも、人の暮らしのそばや祈りの場では配慮が必要だと思い、そのような場所では鈴を押さえて歩くようにしていました。
鳴る場所では一緒に歩き、静かな場所では手で押さえる。
そうやって旅をしてきた鈴でした。
なくなってみると、思っていた以上に寂しい。
どこかの札所で、祈祷された鈴を見つけたら買おう。
そう思い、音のしない金剛杖を持って、再び歩き始めました。
参拝と納経を終え、初めての今治城へ
南光坊で、この日に予定していた札所の参拝と納経を終えました。
あとは、ガイドブックのコースどおり、今治城を観光して今治駅へ戻るだけです。
予定していた参拝を無事に終え、少し気が緩んだのでしょう。
延命寺と南光坊の写真は、それぞれ1枚しか残っていませんが、今治城の写真は何枚か残っています。
今治城を訪れるのは、この日が初めてでした。
堀に海水が引き入れられている珍しい城を、急がず、ゆっくり見て回りました。
札所を目指して歩いているときとは、少し違う時間です。
写真の枚数からも、このときの私は、参拝を終えた安心感のなかで今治城の観光を楽しんでいたのだと思います。

二つの札所への参拝と納経を終えたあと、今治城へ寄り道しました。
石垣や城門を歩き、天守から海水を引き入れた堀に囲まれる城の姿を眺めました。
観光が終わっても、すんなり駅には戻れない
今治城を出たあとは、今治駅へ戻るだけです。
とはいえ、半日コースだからといって、予定どおり駅に着けるとは限りません。
道に迷うのは、いつものこと。
今回も駅を目指しながら、ふらふら。
道が分からなくなり、年配の男性に尋ねました。
道に迷った先で受けたお接待
その男性は道を教えてくれただけでなく、私がお遍路だと分かると、一つの封筒を渡してくれました。
封筒には、手書きで「合掌」。
中には、1円玉が50枚入っていました。
お接待でした。
1円玉を50枚集めるには、時間がかかります。
きっと、お接待のためにコツコツと集め、いつお遍路さんに出会っても渡せるように、持ち歩いておられたのではないか。
そう思いました。
本当のところは分かりません。
けれど、道に迷わなければ、その方に声をかけることもありませんでした。
迷った先で生まれた、偶然のご縁です。

今治城からの帰り道で、「合掌」と書かれた封筒をお接待としていただきました。
中には約50枚の1円玉。
札所でのお賽銭に使えるようにという、歩き遍路への心遣いでした。
予定どおりにいかない初日
満車だった駅前の駐車場。
噴き出したドデカミン。
破れた上着。
どこかで落とした金剛杖の鈴。
愛媛お遍路の初日は、予定どおりにいかないことの連続でした。
それでも、熱中症を心配して声をかけてくれた人がいました。
道を尋ねた先では、「合掌」と書かれた封筒と、50枚の1円玉をいただきました。
一日の終わりに残ったのは、失敗したことよりも、人から受け取った温かさでした。
今治駅へ戻り、車で松山へ移動。
松山一番町の東横インにチェックインし、6泊7日のお遍路、その最初の一日を終えました。
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今治城は、海水を堀へ引き込んだ日本の海城です。では、フランスでは? 大西洋には、海の真ん中に立つ「ボワヤール要塞」があります。フランス語で要塞は forteresse(フォルトレス)。ナポレオンの時代、島と島の間を守るため、水深約4.5メートルの海底に大量の石を積み、人工の土台から築きました。日本は海を城へ招き、フランスは要塞の方が海へ出ていった。同じ海の防御でも、発想は反対だったようです。
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バーレーンの海岸には、15世紀ごろに築かれたアラード城塞があります。アラビア語で城塞は قلعة(カルア)、堀は خندق(ハンダク)。城塞内の井戸は、人々の生活に必要な水を供給するだけでなく、そこから分かれた水路を通して、周囲の堀にも水を送りました。海のすぐそばにありながら、堀を満たしたのは井戸水。なぜ海水を使わなかったのか、詳しい理由は分かっていません。海水を堀へ引き込んだ今治城とは、似ているようで異なる水の守り方です。
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